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歌川国信

歌川 国信(うたがわ くにのぶ、生没年不詳)は、江戸時代後期の浮世絵師

未知広

来歴

歌川豊国の門人である。姓は金子、名は弥四郎、または惣次郎。歌川を称す。一陽斎、一礼斎、陽岳舎、堰埭楼と号す。戯作名を志満山人といった。江戸幕府小人目付といわれる。湯島三組町に住んでいた。文化11年(1814年)から天保1830年1844年)の頃に活躍しており、文筆もたち、自画自作の草双紙が多数ある。例として、文化11年刊行の山東京山作の合巻『女見台錦輦(おんなけんだいにしきのてぐるま)』3巻、文化13年(1816年)刊行の合巻『女曾我兄弟鏡』3巻、文政5年(1822年)刊行の合巻『浜真砂黒白論』前編3巻後編2巻、文政9年(1826年)刊行の合巻『桜月浮世雛形』前編3巻後編3巻、天保3年(1832年)刊行の合巻『時雨傘菊の井小七』6巻などが挙げられる。『女曾我兄弟鏡』、『浜真砂黒白論』、『桜月浮世雛形』、『時雨傘菊の井小七』は全て自画作である。

門人に歌川信房、 歌川信一、歌川清一、歌川信清、歌川信貞、歌川信与喜、歌川信秀がいる。清一、信与喜、信秀は文政期に活躍し、信清、信貞は天保期に活躍した。信一は宇田 川信一とも称し、文政頃から明治初期に活躍した。文政12年(1829年)頃、刊行された『諸師高名早見』に「宇田川信一」と落款しているほか、団扇絵を 残している。また、歌川信秀の門人に2代目歌川信秀がいた。

作品

  • 「案内吉原双六」 森治版

関連項目

参考図書

  • 増訂浮世絵 藤懸静也、雄山閣、
  • 浮世絵の基礎知識 吉田漱、雄山閣、1987年

 

江戸時代

江戸時代(えどじだい)は、日本の歴史において徳川将軍家日本を統治していた時代である。徳川時代(とくがわじだい)とも言う。この時代の徳川将軍家による政府は、江戸幕府(えどばくふ)あるいは徳川幕府(とくがわばくふ)と呼ぶ。

江戸幕府

江戸幕府(えどばくふ)は、1603年征夷大将軍に任官した徳川家康が創設した武家政権である。江戸(現:東京)に本拠を置いたのでこう呼ばれる。徳川幕府(とくがわばくふ)ともいう。安土桃山時代とともに後期封建社会にあたる。

浮世絵

浮世絵(うきよえ)は、江戸時代に成立した絵画のジャンルである。 錦絵 とも言う。演劇古典文学和歌風俗、地域の伝説と奇談、肖像、静物、風景、文明開化皇室宗教など多彩な題材がある。「浮世」という言葉には「現代風」という意味もあり、当代の風俗を描く風俗画である。大和絵の流れを汲み、総合的絵画様式としての文化的背景を保つ一方で、人々の日常の生活や風物などを多く描いている。

文政

文政(ぶんせい)は、日本元号の一つ。文化の後、天保の前。1818年から1829年までの期間を指す。この時代の天皇仁孝天皇江戸幕府将軍は徳川家斉

天保

天保(てんぽう)は、日本元号の一つ。文政の後、弘化の前。1830年から1843年までの期間を指す。この時代の天皇仁孝天皇江戸幕府将軍は徳川家斉徳川家慶

文化 (元号)

文化(ぶんか)は、日本元号の一つ。享和の後、文政の前。1804年から1817年までの期間を指す。この時代の天皇光格天皇仁孝天皇江戸幕府将軍は徳川家斉

歌川豊国

歌川 豊国(うたがわ とよくに、明和6年(1769年) - 文政8年1月7日1825年2月24日))は江戸時代浮世絵師

合巻

合巻(ごうかん)は、寛文期以降江戸で出版された草双紙類の、1804年(文化元年)頃に始まった最終形態。それまで5枚(5丁)1冊に別々に綴じていたのを、纏めて厚く綴じた。明治初期まで続いた。

山東京山

山東 京山(さんとう きょうざん、明和6年6月15日1769年7月18日)-安政5年9月24日1858年10月30日))は、江戸時代後期の戯作者。本名は岩瀬 百樹(いわせ ももき)。は鉄梅。号は覧山・涼仙。山東京伝は兄。

浮世絵師一覧

浮世絵師一覧(うきよえしいちらん)では、著名な浮世絵師の一覧を列記する。

歌川信房

歌川 信房 (うたがわ のぶふさ、生没年不詳)は、江戸時代後期の浮世絵師

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